ベーシスト
おれはべーシストだ。ただのべーシストじゃない。
生まれついてのロック・べーシストだ。
ベース・プレイヤーとしては四流以下だけど、ロック・べーシストとしては超のつく一流なんだ。
シド・ヴィシャスがあんなに早く死んだのは、近い将来おれに負けるだろうことを怖れたからだ。
スティーリー・ダンが二人組みでデビューしたのは、ドナルド・フェイゲンがどうしてもおれを迎え入れたがっていたからだ。
ニック・ロウもポール・マッカートニーも、ジェームズ・ジェファーソンもスティングも、おれの演奏の前じゃ霞んで跡形もなく消えちまう。
ベースはおれの人生そのもので、おれの人生はまるでベースそのものだ。
主に存在感の薄さ加減とか。
いてもいなくてもいいところとか。
一生懸命やってるのに誰も聴いちゃいないところとか。
盛り上がりようがないところとか。
けっして主役にはなれないところとか。
一人になるとなんにもできないところとか。
「なあ、俺らでバンド組まん?」
「よし、じゃあジャンケンで負けたやつがベースな。ジャンケン、ポン!!」
「うああ!!」
ベースはおれの人生そのもので、おれの人生はまるでベースそのものだ。